【地域】コミュニティに存在する真実と闇を伝える。

雑記

こんばんは。かくたです。
本日は一日東村山にて面接や面談などたくさんの方々とお話しました。

さて。
日々、東村山で地域コミュニティ研究家として活動しているわけですが、ひとつ見つかった答えと現状存在するコミュニティの闇みたいなところをお伝えできればと思います。

最大の地域コミュニティはそう。「教会」です。欧米における教会が正しく自分が目指したいものであり、日本の地域に必要なものであると感じました。

教会というとキリスト教、つまり宗教などでなんとなく嫌煙されがちですが、全くもってそういう意味ではありません。
オーストラリア・ニュージーランドにいる時に感じましたが、一種のセーフティラインのような、また居場所としてしっかりと機能しているのです。

例えば、朝教会に行くと、朝ごはんが食べられます。その過程で聖書の勉強したり、学校の勉強をしたりします。そして、昼前くらいに礼拝が始まり、それが終わるとみんなでお昼ご飯を食べます。
その後、少し休んでからお勉強や交流をして、夜ご飯を食べて解散という流れになっています。

日本で言う子ども食堂や緩い塾のような役割をしているのです。聖書を学ぶ、キリスト教を信仰するというのは、あくまでも集まるきっかけであり、特にプロテスタントの教会ではそのような印象が強いです。
もう一度言いますが、宗教を信仰しろとも思いませんし、クリスチャンになれとも思いませんし、自分が教祖になりたい訳でもありません。

この教会の仕組みが地域コミュニティ的に目指すべきところだなと感じた次第です。

これからやる事業はこの教会の仕組みと優しさを参考に作っていきます。

次に、地域コミュニティの闇みたいなところのお話です。
なにも地域に限ったお話ではないのですが、コミュニティは大きくなればなるほど、そして長く続けば続くほど、暗黙の了解のようなものが増えていきます。そして、それは一般社会や外の人から見ると、「あれ?違くない?」と感じることがほとんどです。

分かりやすくするために、例え話をしましょう。
ある高校に不良グループがいるとします。市内でも有数の不良が集まる学校として有名で、中学校で名を馳せた不良が沢山集まってくる学校です。
彼らがグループを作って、コミュニティ形成をしているとしましょう。ごくごく自然なことです。

彼らは不良なので、勉強はしません。ただ、不良なので、万引きや何人を殴った、どれくらい喧嘩に強いかが、そのコミュニティの評価基準であり、それによって地位が決まります。
彼らのコミュニティ内では当たり前のことかもしれませんが、現実社会では万引きは犯罪です。ただ、そのコミュニティでは正当化され、万引きをすればするほど「すごいやつ」認定されます。

こう考えるとわかりやすいかと思います。
これが地域コミュニティにも日常的に起こっているというお話です。

もちろんはじめからこうなっていることは少なく、ある一定の時間を経て、社会的に絶対正しいものと、そのコミュニティにおいて正しいとされるものは乖離していきます。
地域で言うならば、生産性のない会議だけども、出てるやつの方が偉いと言ったことや、本当はオンラインの方が早いのに、何でも膝を突合せて話すべきだと思考停止していることなどが上げられるかと思います。

一般的な企業や団体から見ると、なんだか気持ち悪いと感じられてしまうようなことが、それに当たるので、その地域コミュニティの闇のようなものを防ぐ方法はひとつしかありません。

それは定期的に外の人を入れる。つまり、人を入れ替えるということです。

ここで大事なことは、入れ替えることそのものではなく、入れ替わった結果、権力を残さない。フラットなコミュニティであるということです。
これをしない限り、地域コミュニティは同じような人と永遠に語り継がれるようになり、外の人が入ってきづらくなり、組織は衰退します。

悲しいことに、中の人はそれに気づかないことが多いです。それを防ぐためにも、外との交流を積極的にコミュニティとして、個人として行っていくべきです。

地域コミュニティを事業としている者として、今後もこのようなことを発信していきます。
それでは。

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